ジャコビニ流星の夜

 当会寺久保氏による、今年のジャコビニ群のエッセイです。


ジャコビニ流星の夜

                  寺久保一巳

プロローグ

26年間追い続けてきた流星群についに出会える、と言えれば格好良いのだが、私とジャコビニ群との出会いはつい最近のことである。26年前の1972年日本中の大騒ぎになど7歳だった私に何の記憶も残っていない。13年前の1985年、すでに天文の世界に足を踏み入れてはいたものの、この頃は世俗のしがらみに足を取られていて、星も見上げない日々が続いていた。当然そのような者にジャコビニ群が微笑む訳もなく、そのような現象があったことも知らずにこの年は終わった。そして今年1998年を迎えた。

1つも流れない…

時は1年戻って1997年。かってジャコビニ群が流星雨を降らせたことがあること、そしてそれが決して過去のことでは無いことを知った私は、来年期待される大出現に備えて、この年ジャコビニ流星群の観測に臨んだ。結果は0、つまり一つも流れなかった。1年前であり、もともと出現の可能性が低かったため、それほど落胆することではなかったのだが、別の観測者が同じ日に、わずかながらも出現を捉えたとの話を聞き、大きく落胆した。

天気は、雨?

そして1998年、10月8日が近づいてきた。昨年のこともあり、「1つでもジャコビニ群が見られればいいや」と公言していた私であったが、本心ではたくさん流れてほしいと思っていた。事前準備(といっても当日の天気を調べることぐらいであったが)で天気予報を調べてみると、関東近辺は軒並み雨。こんなことなら、晴れそうな九州地方に飛行機で移動することも考えておくんだった、と思っても後の祭り(ここで飛行機移動について説明しておく。今年はジャコビニ群とともにしし座流星群も大出現が期待されており、しし座流星群の観測のためには「飛行機による観測地の移動」も辞さない構えでいたのだが、ジャコビニ群に関しては出現数も大したことがないだろうとたかをくくり、車での移動しか考えていなかったのであった)。

一転、予報は晴れ!

晴天を祈り続けてとうとう前日。再度天気予報を見てみると、「急速に回復」。「雨のち晴れ」つまり観測開始の夕方には晴れるということ。こんな急激に天気が変わって良いのだろうか、と半信半疑のまま当日に。10月8日、東京は朝まで降っていた雨が昼前には上がり秋晴れの空に。良い天気である。身も心もすがすがしい。観測はその中でも一番好天の見込まれる富士山方面で行うことにした。今回ジャコビニ流星群の観測に臨むのは私を入れてFAS府中天文同好会のメンバー8人。平日にもかかわらず皆休みをとるなどして参加している。さぞかし周りからは物好きだと思われたことだろう(人の事は言えないが)。
好天を期待して行った富士山であったが…富士山にだけに雲がかかっている。幸い観測場所として設定した富士山北側は晴天に恵まれているものの、この先の天気に少々不安が残るが、雲は西から東へと流れていて、我々のいる北側には来ていない。このまま雲の流れが変わらない事を祈りながらここで夜を待つことにした。

ジャコビニ出現!

18時に観測開始。ほどなくしてりゅう座の頭付近からゆっくりとした流星が流れた。「ジャコビニ群だ!」。長年(本当はほんの数年だけど)待ち続けた流星群についに出会えた。これでもう思い残すことはない…などと思うはずはなく、一つ見ればもう一つ見たくなるのが人情。この先の大出現に期待がふくらむ。空が暗くなって行くにつれ、流星数が増して行く。当初巷で予想されていた1時間に数個というレベルを超え、すでに出現数は1時間に10個前後のペース。「これは極大になったらいったいどこまで伸びるのだろう。いやもしかしたらすでに極大は過ぎているのかも」と期待半分、不安半分のまま観測を続ける。時間が過ぎて行くにつれて流星数が増して…はいかない。輻射点高度の問題か、それとも本当に極大が過ぎてしまったのか、不安が増す。しかし一方ではその不安をうち破るようなクライマックスがやってこようとしていた。

横浜ベイスターズ38年ぶりの優勝

「大魔人佐々木の登場です」「うおー」球場内が歓声につつまれる。38年ぶりの優勝が目前にせまった横浜ベイスターズ。その熱戦の模様がラジオから流れる。「アウト!。あとアウト2つでベイスターズ優勝です」流星が1つ流れる。「2アウト。あと一人です」また流星が。「アウト!やりました、横浜ベイスターズ、38年ぶりの優勝です!!」。「やったあ優勝だ」叫ぶベイスターズファンの私。そしてジャコビニ群もそれに呼応するかのように出現数を増して行く。「38年ぶりの優勝の次は13年ぶりの大出現だ」。興奮する観測隊、そして…

ついにジャコビニ群ブレイク!

21時半過ぎから出現数の増加が顕著になり、記録が忙しくなる。このまま流星数が増加すると記録が追いつかなくなると判断し、22時からは観測方法をカウンターによる計数観測に切り替えることにした。ほんの冗談で用意していたカウンターをまさか本当に使う事態になるとは。そして22時、会長がカウンターを持ち計測を始める。あちこちからあがる歓声「流れた」「こっちでも流れた」「同時に2つ流れた」…。すわ流星雨、という事態に一同興奮状態。離れて空を見上げる他の人の叫びや、他の地方で観測しているメンバーからの電話などが、その興奮状態にさらに拍車をかける。この時流星数は44(30分間)を数えた。

帰路へ…そして次へ

その後流星数は目に見えて減り、ぽつりぽつりと流れることはあったものの、その数を戻すことはなかった。極大はどうやら22時前後にあったようである。大出現に出会えて満足した私たちは、夜明けを待たずに帰路についた。鋭いピークといいその規模といい、今年の出現はジャコビニ流星群の名に恥じない立派なものであった。

おわり


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